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オカルトスポット巡礼 2 千里眼の女 posted on2012年07月16日01:07 bycaferestmal 鈴木光司原作「リング」に登場する呪いの女・貞子。 その母、山村志津子は透視能力に長けていたが、公開実験の失敗による世間のバッシングに耐え切れず自殺してしまう悲劇の女性。 何と彼女には、モデルがいたのです。

その名は御船千鶴子(明治19年生~明治44年没)。 熊本県宇城市不知火町松合(旧:宇土郡松合村)に生まれ。 先天性の難聴でしたが、繊細な感受性と豊かな情緒を持った少女だったそうです。


22歳の時、陸軍中佐・河地可謙と結婚。ある日、夫の財布から失くなった50円が姑が使っていた仏壇の引き出しの中にある事を言い当てました。疑いを掛けられた姑は自殺未遂を起こし、この事件がきっかけで離縁となり、彼女は実家に戻りました。

千鶴子に透視能力(※)がある事を知った義兄・清原武雄は、当時流行っていた催眠術を彼女にかけて集中力を高める鍛錬を行ないました。やがて、海で失った指輪の場所を当てるなど、優れた結果を連発するようになります。  ※ 透視能力のことを、当時は千里眼と呼んでいました。

この話を聞いた三井財閥が福岡県に彼女を連れていき透視をさせると、大牟田市に万田炭鉱を発見しました。謝礼は2万円。現在の額に換算すると2000万円! この頃から千鶴子をめぐって、正しくは彼女に舞い込む謝礼金をめぐって父親と義兄が激しく争うようになりました。千鶴子の心は暗くなりました。

世間に千鶴子の評判が広まると、福来友吉助教授ら医学や心理学の学者が彼女の能力を研究し始めました。茶筒の中身を当てるとか封筒の中身をあてるといった幾度かの実験で、千鶴子の透視能力を確信した福来は心理学会で発表しました。 この事により、「透視」という言葉が大きく新聞で取り上げられるようになり、真贋論争が巻き起こりました。

1910(明治43)年9月15日、物理学の権威で東京帝国大学の元総長・山川健次郎が立ち会って東京で透視実験が行われました。それはハンダで閉じられた鉛管の中に入れられた紙に書いてある文字を当てるという実験で、千鶴子は「盗 丸 射」と見事に書かれていた文字を的中させました。しかし、的中させた鉛管が山川氏ではなく福来助教授が用意したものだったため、新聞は否定的な論調でこれを報じました。

1910年10月22日、新聞が「新たな千里眼現る」という見出しで香川県に住む永尾郁子の記事を掲載しました。彼女は透視に加えて念写もできると報じられていました。 千鶴子に注がれていた世間の視線は一気に郁子へと移っていきました。

翌年1月、郁子が公開実験に失敗したことから、新聞は「千里眼は詐欺」として激しくバッシングしました。この記事を読んだ千鶴子は深く胸を痛め、同年1月18日重クロム酸で服毒自殺を図り、翌19日未明帰らぬ人となりました。享年25歳。合掌!

悲しい人生ですね。そして、昔からマスコミの残酷さというのものは変わらないのですね。


いま、御船千鶴子は海が見渡せる山の頂上で静かに眠っています。彼女が産まれたこの町には、エイの背に乗ってやってきた神様を祀る永尾神社があります。


海に向かって鳥居が建てられている不思議な神社です。 またこの町は不知火が見られる事でも有名です。 不知火とは深夜になると海上で明滅する不思議な光の事です。 昔の人は幽霊船として恐れていたようですが、蜃気楼と同じ空気の温度差で生じる光の屈折で説明できます。漁船の漁火や対岸の灯が不知火の正体なのです。

本日のあとがきにかえて… 「リング」の原作者鈴木光司氏が御船千鶴子の事を知ったのは、「リング」を書き上げた後かららしいです。それって、千鶴子の霊が鈴木氏の潜在意識に働きかけて「リング」を書かせたって事になりませんか?己の無念を晴らすために…(((( ;゚д゚)))

※ 今回の記事は2002~2003年の日記をもとに構成しています。    現在とは事情が異なる場合もありますので、ご了承下さい。

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